鍵盤のない、

どうしようもないこと
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「鍵盤のない、」by People In The Box

ラジオが流れていた

僕らは横たわった

子供の手は空に伸び

二度目の風を待つ

行き苦しいね ここは

完璧なものだらけで

レーゾンデトゥールとか

言葉とか

急にわからなくなるね

不服だ 死を叫ぼう

そして

栓を抜け

People In The Box「鍵盤のない、」





こだわりについての話。

くだらない話。



私には3つ離れた、歳上の兄がいます。

何度も書いていますが。

兄は結婚し、

よく本記事にも

兄のちびたんが登場しています。

そろそろ、

顔を出すのはよくないのかもしれない。




兄とは、仲が良い。

多分、外部から見ると、少し異常なほどに。

幼少期は、“少し”喧嘩“”した記憶はあるが。

ただ、思い出せる、ほどしか衝突したことはない。


私たち兄弟は、

これまでに、いろんなことをした。

免許を取り立ての兄の運転で、高速道路に初めて乗り、旅行へ行った。

海外に一人で住んでいた私に、会いに来てくれた。

美術館を見るためだけに、遠く離れた地へ、高級な宿に泊まりにいった。

年越しを、二人で海外で過ごした。

県外の大学を卒業する際に、家族揃って退去を手伝ってくれた。

二人で、ペルセウス座流星群を見た。

限界で働いていた自分に、一番に。

最も、私に声をかけてくれた。

安め、と。

そんな兄がいる。

私は。

そんな兄を持つ、弟である。

鍵盤のない、

兄との思い出のひとつに、大変記憶に残っているものがあります。

有耶無耶にして、具体的な詳細を書けないが、

私自身の自己満足として、忘れないためにその欠片を書く。

病気の発覚についてである。

詳細は書かない。

とにかく、そのとき掛けてくれた言葉は忘れられない。

兄の決断。

結果的に、その最悪な決断には至らなかった。

深入りはしない。知らないままで良いこと。

それでも、今いるちびたん。

それが結論を物語る。

こだわり…?

さて。

特に兄について語ろうと思っていたわけではありませんが。

実は、私のSNSのアイコン写真。

これを語りたく、折角なら兄についても、と思い。書きました。

さて。

問題のSNSアイコンについて。

これが、兄とのツーショットの写真なのです。

載せられんけど。

お恥ずかしいことに、兄も同様に、私とのツーショット写真。

両方とも、同じ写真ではありませんが、兄の結婚式での写真である。







なんかプライドで
お互いに、

変えられない
(気がする)



最近撮った、私と、兄と、ちびたんとの写真もあるので、それにしようかなぁ。とか。

その、現在の兄との写真をアイコンに設定して、もう2、3年ほど経つので、今更変えるのも、なんかね。なんか、恥ずかしいじゃん。

私は別に、そういったものに拘りはないので…

加えて、Facebookとかも兄と一緒やな…

ということで、おわり。

深刻な話ではありません。

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